ローマ3 アウレリアヌス4 ダキアを放棄して国境の再編成を行い、ペルシアへ向かう途上の暗殺

 再統一が為れば、戦後処理が待つのは当然です。改めて国を見渡せば国力が低下したことは明らかでした。異民族の侵入が続き、最大版図を維持することは不可能になっていました。

 既に、ローマの防衛戦略は危険な異民族に対して、その中枢に攻め込んで危険の芽を摘むとか、長大な防衛ラインに沿って軍を張り付けてどこが攻められても大丈夫なように備えるとかのように侵入を赦さないというものではなくなっています。中央機動軍によって、国境線が破られた後で侵入者を撃滅するという方式、つまり、辺境における一定の被害には目を瞑ることになっていたわけです。

 いかなる防衛システムを組むとしても、国境線は短ければ短いほど有利です。長大になりすぎた国境線を縮めるため、ダキア属州は放棄されました。

 ドナウ川という天然の防壁を活用することは、異民族の力が増す中では現実的な対応策だったことでしょう

 北方の異民族対応では防衛に回ったローマでしたが、東方では攻勢に出ようとします。東方の雄ササン朝ペルシアはシャプール1世の死後に後継者難があって弱体化していました。ウァレリアヌスの敵を討つには絶好の機会だったのです。

 アウレリアヌスはこのササン朝ペルシア征討に向かいます。ところが、ビザンティウム近郊の村で秘書官のエロスに暗殺されてしまったのです。

 きっかけは実に些細なことでした。エロスはアウレリアヌスの叱責を受けました。皇帝の怒りは激しいものだったのでしょう。アウレリアヌスからの処罰を恐れたエロスは、軍中に偽の処刑者リストを回覧します。アウレリアヌスは厳格な人物だったので、この偽文書は本物だと受け取られてしまったのです。兵士たちはエロスの手引で皇帝を襲い、殺害してしまいました。275年のことです。

 陰謀は目撃者がいたことから明らかになり、エロスは生きたまま体を裂かれることになりました。皇帝暗殺はむしろエロスの処刑方法をより残虐なものに変えただけとなったのです。暗殺に関与した他の将校も処刑されました。



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