憲法改正を阻むもの ・ 妄想的平和主義

みなさんこんにちは。

このブログをお読みいただいているみなさんは、現在のわが国の憲法についてどのようなお考えをお持ちでしょうか? これについては、人それぞれ様々な意見があると思いますが、自分が今回冒頭でこんなご質問をみなさんに投げかけるのは、私たちの愛するこの日本という国家の根幹を成す現在の日本国憲法が、今後どうあるべきかという事について、みなさんにもお考えいただきたいと思ったからです。

連日ニュースで報じられている様に、わが国の周辺では、まともな常識と理性が全く通用しない二つの国が不穏な動きを見せています。言うまでもない事ですが、一つは北朝鮮、そしてもう一つは中国です。特に前者は、封建的世襲独裁政権の下で、長距離弾道ミサイルの発射と核実験を繰り返し、また後者は、かつて大国としてアジアに君臨したノスタルジーへの回帰という身勝手な理由から、「中国の夢」と称する幼稚なスローガンを掲げ、海軍力を増強して複数の空母と多数の艦艇を続々と建造し、東南アジアから西太平洋に至る海洋進出を図ろうとして、わが国をはじめとする周辺国との間で対立を招いています。

つまり、現在わが国の周辺は、いつ戦争が起きても何ら不思議ではない非常に危険な状況下にあるのです。その様な中にあって、わが日本は米国の強力な軍事的後ろ盾を背景に、インド、ベトナム、フィリピンなどの周辺国とともにこれらと対峙する戦略をとっているわけですが、わが国が真にこれらの国々と足並みをそろえて行くにあたり、絶対に変えなければいけないものがあります。

そう、それが現在の日本国憲法です。中でも取り分け絶対に改正しなくてはならないのが、みなさんもご存じの第9条ですね。

1 日本国民は正義と秩序を基調とする国際平和を誠実に希求し、国権の発動たる戦争と、武力による威嚇又は武力の行使は、国際紛争を解決する手段としては永久にこれを放棄する。

2 前項の目的を達するため、陸海空軍その他の戦力はこれを保持しない。国の交戦権はこれを認めない

一応、上にその条文を載せました。(個人的な感情を申し上げて恐縮ですが、自分がこの世で最も大嫌いな文章です。目にするたびに寒気と同時に虫唾が走ります。怒)

にもかかわらず、わが国の中には今だにこの憲法の改正に反対する声が根強く存在し、それがゆえにわが国は「普通の国」になれずにいます。ここで言う「普通の国」とはどんな国の事でしょうか? そう、それは国民の生命と財産、領土、領海、領空を断固として守り、そのために自国の意思と判断で武力行使も出来る国家の事です。

ちなみに日本以外の他の主要国は、これまでに一体どれくらい憲法を改正しているかご存知でしょうか? これについては下の図をご覧ください。


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上のグラフは主要先進国における憲法改正回数を表したものです。それぞれの国によって改正すべき事情があったものと思われますが、中でもドイツはなんと58回も改正していますね。(この図ではイギリスが含まれていませんが、これには理由があります。実はイギリスという国は、明確な憲法というものが存在しないのです。しかし、それは「憲法」という形に集約していないだけの事であり、どこの国の憲法にも書かれているようなごく当然の規定は各法律にある事から、それを個別に適用するというスタイルを取っているそうです。当然、その個別の規定の改正は何度も行われています。複雑ですね。苦笑)

ここで、意外に知られていない事実をお話しておきましょう。実はわが国は、敗戦後の現行憲法はもちろん、戦前の大日本帝国憲法時代においても、歴史上一度も憲法を改正した事がないのです。唯一の例外は敗戦後の旧帝国憲法から現行憲法への移行ですが、これは改正というよりも全く新しい別のものに「総取り換え」したという方が正しいでしょう。

また、旧帝国憲法においては、統治権の総攬者(そうらんしゃ 「国家を統治する全ての権利を持つ」という意味です。)にあらせられた天皇にのみ改正発議の権限があり(旧帝国憲法第73条)つまり、天皇ご自身が改正したいとお思いにならなければ出来ない仕組みになっており、明治、大正、昭和の三帝はどなたもそれを行使される事はありませんでした。

それに対して現在の日本国憲法においての改正条件は、国会において衆参両院の3分の2の賛成(議員全員の3分の2ではなく議決に参加した議員の3分の2です。といってもその数にも定足があり、総議員の3分の1以上とされています。)によって発議し、その後国民投票にかけて、投票総数の過半数(これも有権者の過半数ではなく、投票した人の過半数という事です。)をもって国民の承認を得たと解し、天皇が公布される手はずになっています。(第96条)

さて、その旧帝国憲法ならいざ知らず、なぜ、わが日本は現在の憲法を改正出来ずにいるのでしょうか? ここから述べる事は、全くのド素人の一個人の考えですので、それを踏まえてお読みいただきたいのですが、まず第一に、何と言っても昭和20年8月のあの惨めな敗戦の自虐的な反省から、一方的に「戦争は絶対悪」という極端な妄想的平和主義を作り上げてしまった事が最大の原因と思います。

一口に戦争と言っても、その戦争にもいくつかの種類があります。代表的なものを以下に列挙すると

1 侵略戦争・・・・・自国の利益のために他国を征服するもの

2 防衛戦争・・・・・他国の攻撃から自国を守るもの

3 独立戦争・・・・・ある地域が分離独立を求めて支配国と争うもの

4 干渉戦争・・・・・他国の混乱に軍事介入するもの

5 国内戦争・・・・・国内で二つ以上の勢力が主導権を奪い合うもの(内戦)

などです。上に挙げた戦争のうち、侵略戦争や現在も途上国で良くある内戦(そのほとんどが醜い権力争い)などは、戦争でも最も悪名高いものとして言うまでもありませんが、防衛戦争や独立戦争などは、必ずしもそうではありません。特に、他国からの卑劣な攻撃に対して自国を守る防衛戦争は、全ての独立国家が等しく共有する自存自衛のための当然の権利ですし、独立戦争なども、その多くは支配国による圧政(重税、強制労働、様々な弾圧など。)から解放されるためにその民衆が戦い、独立を勝ち取って自分たち自身の国家を樹立するものだからです。そう、戦争というものは目的によって、その性質が大きく異なってくるのです。

つまり戦争というものは「絶対悪」ではなく、状況によってはやむを得ず起こり得る「必要悪」なのです。

しかるにわが国の現状を見てください。戦後70年以上行われてきた硬直化した教育の結果、国民の間には「戦争」という文言が出るだけで

「戦争は絶対にしてはいけない悪い事」

という視野の狭い誤った価値観から、国内外の状況や経緯、事情を深く考えもせずに条件反射的にすぐに「反対」する感情が出来上がってしまっています。

自国にも相手国にも多くの人的・物的損害を出し、双方に相手国に対する憎しみの怨嗟を生み、莫大なお金のかかる戦争というものが良くないのは言うまでもない事です。平和が一番なのは当然の事です。しかし、平和というものは何も考えずに永続するものではありません。なぜなら、たとえばわが国の方で一方的に平和を主張して戦争を避けようとしても、相手側もそれを望んでいるとは限らないからです。

戦争を避け、平和を維持していくためにはあらゆる手段を講じる必要があります。そのための選択肢として、軍事力とその行使は必要なのです。もし全ての努力が断たれ、やむなく開戦となった場合には、国を守る手段は軍事力以外にありません。話し合いやお金だけでは国は守れないのです。

さらにもう一つ、ここで申し述べておかなければならない事があります。冒頭で述べた様に、現在わが国の周辺は緊張した国際状況にあります。といってもこれは今に始まった事ではなく、わが国が敗戦後ずっと続いてきた状態です。その間70年以上に亘って幸いな事に、わが日本は他国からの武力による攻撃や、戦争に巻き込まれる様な事にはなりませんでした。

しかし、これは平和憲法のおかげではありません。わが国は世界最大最強の軍事力を有するアメリカ合衆国という国家と「日米安全保障条約」を結んでいます。これは今さら言うまでもなく、日本への攻撃に対してアメリカに守ってもらう代わりに、日本はアメリカ軍に日本への駐留と基地を提供し、その駐留費用も負担するという片務条約です。そう、これまで日本が平和でいられたのは、憲法で平和主義や戦争放棄を掲げているからという情緒的な理由ではなく、日本にアメリカ軍がいるから、つまり、日本の背後にはアメリカがいるという物理的な理由から、ロシアも中国も手を出せずにいただけなのです。決して勘違いしてはなりません。

わが日本は人口1億2500万を数え、年間の国内総生産は550兆円を超える世界第3位(実際は2位ですが)の経済力を持つ豊かな国であり、アメリカ、イギリス、フランス、ドイツ、イタリア、カナダと並ぶ世界の7大先進国の一つです。さらに重要なのは、今名を挙げた古くからの欧米列強諸国以外では、唯一白人以外の先進国です。

このわが国の国際的地位は、今からおよそ150年前の明治維新に始まる私たちの祖先の尊い犠牲、血と汗とたゆまぬ努力によって築いた偉大な遺産であり、子孫の私たちはその偉大な遺産を継承して生きているに過ぎません。私たち日本国民が世界中の国々がうらやむ豊かな生活が出来るのも、全てこれら先人たちのおかげであり、現在の私たちは、その先人たちの偉大な遺産であるこの日本という国家を子孫に残し、受け継がせていく崇高な義務があります。

そのために、今の私たちに課せられた大きな問題、憲法改正を実現しなければなりません。これを実現してこそ、わが日本は本当に自立した「普通の国」になれるのです。今回、何かの縁でこの駄文を読んでいただき、自分の訴えにご賛同いただける国民の方が少しでも増えてもらえれば良いと心から願うものであります。

続く。