ローマ3 クラウディウス・ゴティクス1 ガリエヌスを殺害して皇帝となったゴティクス、ゴート族の大軍を破る 

 ガリエヌスを死に追いやったのはクラウディウス・ゴティクスとアウレリアヌスでした。彼らはそのまま攻囲を継続しています。つまり、反乱はアウレオルスに寝返ったためではなく、ガリエヌスに対する不信任案だったのです。

 反乱の理由として、へルリ人との戦いを中途で切り上げてアウレオルス討伐に向かったことがイリュリア出身の兵士にとっては故郷を見捨てられるようで不平を買ったとも、ギリシア文化に傾倒する姿勢に不満が高まったからとも言われます。

 既に書いた通り、元老院は皇帝を罷免する権限を奪われていました。暴君や暗君を除くには、皇帝を殺害するしか無いのです。後顧の憂いを断つためか、はたまたガリエヌスがよほど忌避されていたためか、元老院はガリエヌスの異母弟とまだ幼い(3歳程度)の子を殺してしまいました。ガリエヌスは戦場においては果敢な指揮官だったかもしれないのですが、統治者としてはイマイチだったということでしょうか。

 暗殺を率いたクラウディウス・ゴティクスが即位します。イリュリアの農民生まれで当時の出世を望む若者のルートである軍に入り、デキウスの代には頭角を表しています。

 クラウディウス・ゴティクスはアウレオルスを捕らえて処刑し、まずは反乱を終わらせます。その直後、バルカン半島にゴート族の大軍が襲来します。その数、32万に及ぶとゴティクスは元老院に書き送っています。にわかには信じ難い数字ですが、大軍だったことは間違いないでしょう。仮にそれだけの人数が居たとしても、非戦闘員を含んでのものだと思います。ただし、ゴート族はゲルマン人と異なり、戦場に家族を帯同させていたわけではなかったそうですから、商人や鍛冶屋といった人々のことかも知れません。

 ローマ軍は自軍を遥かに上回る敵の攻撃に崩れかけますが、山間の隘路に隠していた部隊がゴート族の背後から攻撃を仕掛け、また崩れかけた軍もゴティクスが鼓舞して再び攻勢に出たことでゴート族は包囲されます。四方から攻められたゴート族は5万もの死者を出し、潰走しました。


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