日本人が永遠に消してはならないもの


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今の日本は終戦の815日が終わると、テレビも戦争のことは取り上げなくなる。

それは、なぜか?
 
それは、当時815日以後に起きたことは戦勝国にとって都合の悪いことが多いからである。戦後、彼らにとって都合の悪いことはないことにされている。
 
しかしマスコミや学校が日本人に教えなければならないのは、終戦の15日以降に日本人がされてきたことである。
 
米軍は日本に来て何をやった? 連日の婦女暴行だ。調達庁資料には10万人の日本人女性が強姦されたが、今の日本人はほとんどそれを知らない。
 
そして、シナ人は、ソ連は、朝鮮人は、日本人に何をした? ・・・
 
「ソ連との友好関係を損ねる恐れがある」と中止になった映画がある。「氷雪の門」である。東映が製作し、文部省などが推薦した映画だった。
 
しかし、この映画は真実の歴史であったためソ連が抗議して中止となり、フィルムも買い上げられた。
 
「友好関係」と言われれば真実も伏せて配慮してきた日本。外国の抗議にはすぐに屈する戦後日本。このままいけば100年経っても、200年経っても、日本はずっと敗戦国のままだ。
 
終戦から70年以上も経っている。真実を語り継いでいかなければ「日本が悪い」という嘘だけが残ってしまう。
 
だから言うべきことは言う。書いておくべきことは何度でも書いておく。それが語り継ぐということである。
 
昭和20820日、樺太の真岡にソ連の軍艦が現れた。諸外国は全て停戦して交渉を開始している時にである。
 
ソ連だけが国際法を踏みにじって攻撃してきた。日本軍は白旗を掲げた軍使を3度も派遣したが全てソ連軍に射殺された。
 
真岡郵便局の女子電話交換手がソ連軍乱入に際して、電話交換の職場を守り、最後に従容として青酸カリを服用して、純潔を守り通して花と散った。
 
真岡郵便局の伊藤千枝さんは泊居郵便局の局長に弱々しい声で「局長さんですか、ソ連兵が次々と来ています。私達もみな倒れてしまいました。私もだんだん目が見えなくなってきました。長い間お世話になりました。さようなら」。
 
局長は異変を感じ「窓から白いキレをつけて(降伏していると)出すように」と言ったが電話の声は次第に細くなり「高石さんも死んでしまいました。弾丸がどんどん飛んできます。もうどうにもなりません。さようなら、さようなら」と電話は切れた。
 

823日、左腕を貫通銃創を負い庁立病院に入院中だった真岡郵便局の上田局長が郵便局に入って9人の遺体を見た。死体はそのままだった。そのうち2人は耳にブレストを着けてコードを持ったまま交換台にうつ伏せ姿で死んでいた。

 
終戦後なのにソ連軍はそのまま真岡市民に襲いかかった。阿鼻叫喚の地獄絵そのものであった。
 
白旗を掲げていても関係なく殺された。ここでは500人が犠牲になった。
 
無残に腹や胸をえぐられた婦人、子供や老人がまるで魚河岸のマグロのように一面にごろごろ転がっていた。道にはちぎれた手や足が散らばっていた。
 
避難民は樺太から北海道に逃げた。しかし822日、引揚げの輸送船3隻が留萌近くを通った時、2隻がソ連の潜水艦に撃沈され1800人が死んだ。
 
この怨みは永遠に消してはならない。
 
日本が「アジアの加害者」というのはつくられた嘘だ。

日本人が知るべき歴史はマスコミが報じない昭和20815日以降にある。
日本人は何をされてきたのか。この消されてきた真実を知らなければいつまでも敗北のままである。

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