過去記事を見直し中です。

最近、更新ペースが上がってます。
大分、書くのが早くなってきたような?
同時に、時代の流れがどんどん加速している感があり
ぼんやり考えている暇があったら、アウトプットをしよう!
と思いましてせっせと書くようにしています。

というのは、こんな主観だらけの戯言ブログですが
マスメディアの一方的で短絡的な欧米・特定アジア崇拝や
日本蔑視の報道とは違った見方というのもあってもいいのかな、と。

ただ、過去記事を読み返すと、う~ん・・・となる記事もかなりあって
只今、過去記事もあれこれ見直しております。

そんな中、割と分かりやすく書けてるな~と思う記事もありました。
それがこちら。

イギリスのEU離脱から思うこと

ヨーロッパが抱えるジレンマについて書いた内容ですが
その一部をご紹介します。

思いますにアジア諸国から見ると、欧米諸国が「いい人たち」を必死になって
演じようとする姿は不思議ではないでしょうか。
アジア諸国には欧米ほど必死になって「いい人たち」を演じる気概はないですよね。
それをしたところで、何か得になるの?と。。。
中国なんて、「リーダーが横暴で何が悪い。小国に批判されたところで痛くも痒くもない!」
・・・くらいな話でしょうし。

ヨーロッパの偽善については、このブログで何度も書いてきたんですが
その背景にキリスト教がある・・・というところですね。
キリスト教の国々というのは、意識の根底にイエスの説いた
「人は誰も平等である」とか「隣人を愛しなさい」とか、そういう寛容さを
追い続けなければならないプレッシャーがあるのでしょうかね。

そして、そういうプレッシャーのストレスを、先ほどのツイッターにあるように
理性的な自分たちは「道徳的に優越である」という自己満足によって
解消してきたて、その思想の行きついた先がEUだったのかな。


丁度、先日キリスト教について書いたところですが
やはり、ヨーロッパにおいてキリスト教の与える影響・・・
理性的であったり寛容でならなければならない
そのプレッシャーというのは計り知れないものがあるのではないかと
この過去記事を読んで改めて思いました。
確かこの記事を書いた頃、世界一周をしている人たちの
ブログを色々読んでいた頃なんですね。
その中ではヨーロッパの寛容の精神の深さを
書いておられる人がおられたので、なるほどなあ、と。

ただ、まだまだキリスト教は未知の世界なんですよね。
現段階でなんとなく分かってきたのは、イエスの説いた
「人は誰でも平等である」というところから人権という考え方が
生まれてきたっぽいな~ということくらい。。。

ですが、それが見えてきただけでも
欧米の見方は大分変わりました。
2000年の時をかけて、自由や平等や人々の権利を
広げていった長く重い歴史がある訳で
逆にマスメディアが毎日ワーワーと
「人権が!」「平等が!」「自由が!」っていうのが
非常に薄っぺらいというか、たいした深い理解もなく
自分たちの都合に合わせて言葉を利用しているだけ、
って思えてしまいますね。

いずれにしても、少し過去記事も見直して
整理しきれていなかった部分や、カテゴリなども整理して
より分かりやすいブログにしていきたいとは思います。

それでは、今日はこの辺にします。