タカタの歴史

本日、会社更生法を受けて、韓国系の米国会社にわずか1500億円で買われる、タカタ。
大学生の頃、1960年代半ば前に航空部のアルバイトに彦根に行ったことがある。

僕は部のマネジャーで、数名派遣する部員の条件を交渉に行ったと記憶している。
仕事はグライダーを牽引するウィンチを使い、ダミーを乗せた車を壁に衝突させ
シートベルト、当時は二点式をテストするものだった。

感じの良い会社で、条件も良かった。工学部の学生をヘッドハンティングする背景もあったの
かもしれない。

エアバッグの欠陥品と言うよりその対処が原因で負債が1兆円になったそうだ。
気の毒だが、謎も残る。
最初はメキシコの工場で作られた製品に金属片が入っていたと言われていた。

このような安全性に関わることで会社を潰すのは簡単だ。だから外国の工場は困る。
リコール、裁判の行方、有能なコンサル会社に依頼する、手はいくらでもあったが。

歴史は1933年、繊維製品を作ることから救命策を作っていたと記してあったが、僕の
感じではこの時代に設立された会社はほとんどが軍需工業で、この会社の場合は
航空機の縛帯を製造していたのではないかと推察する。

ちなみに近所にあったヤンマーは山岡と言う会社で、海軍九二式機銃の自転する円形弾倉を
製造していた。