サイパンの戦いから70年、犠牲者追悼式典 日米から出席

【サイパン=共同】 2014/6/15付


 北マリアナ諸島(米国自治領)のサイパン島で15日、太平洋戦争での日本敗戦を決定付けた「サイパンの戦い」から70年の記念式典が開かれた。戦闘に参加した日米双方の元軍人も出席して激戦の犠牲者を追悼し、平和への思いを新たにした。

 元海軍兵の井手口義雄さん(88)=栃木県那須塩原市=は「戦友たちは『おっかあ万歳』と、母親や家族の名前を呼んで死んでいった」と、あふれ出る涙を拭いながら戦死した仲間をしのんだ。「自分だけ一人生き残って申し訳なかった」と慰霊訪問を続け、今回で30回目になるという。

 日本軍の野戦重砲兵第9連隊の一員だった自営業、岡崎輝城さん(92)=香川県坂出市=は圧倒的な戦力でサイパンに上陸した米軍に「大変なショックを受けた」と振り返った。捕虜となって米本土に移送された際「命ある限り、必ず祈りに来るという誓いを立てた」といい、毎年この時期に訪問。今回は孫やひ孫ら5人も同行した。

 米テキサス州の元海兵隊員、カール・マシューズさん(89)は約1カ月にわたったサイパンでの日々を「地獄のようだった」と回想し「家族のように親しかった40人の仲間が戦死した」と目を潤ませた。岡崎さんに「同じ時にこの島に一緒にいたんだね」と声を掛け、固い握手を交わした。

 約400人が集まった式典は米当局などで構成する実行委員会が主催、日本政府からは在サイパン出張駐在官事務所長の菊池斉領事が出席した。元軍人らは式典を前に市街地をパレードした。

 米軍はサイパンに1944年6月15日に上陸。占領後は日本本土がB29爆撃機の往復飛行圏内に入り空襲が激化、民間人死傷者が激増する転機となった。米当局によると、10年ごとに開かれてきた大規模な式典は元軍人らの高齢化を理由に今回で最後となる見通しだ。




 初めて私がサイパン島へ慰霊に行ったのは、2012年4月でした。 10年ごとに大規模な式典が開かれていたとは、全然知りませんでした。 

 主にナウル島で終戦を迎えた方たちと連絡を取っていたのですが、次回が2024年だと、全員100歳を超えてしまいますね。