キリスト教の成立 ローマの影響1 クリスマスはミトラ教の祝祭 ローマに入ってキリスト教は大きく変わる

 その頃ローマで流行っていたのはミトラ教です。ミトラ教についてはペルシアについて触れた際に既に書いていますね。

 ミトラ教について、宗教史家のルナンは「もしキリスト教がなんらかの致命的障害によってその成長をとめられていたならば、世界はミトラ信仰のものになっていただろう」と述べるほどでした。なぜミトラ教が歴史から消えていったかというと、男性しか入信が認めなかったためでしょう。イエスの受難を見てもわかる通り、男は命惜しさに信仰を捨てても女性は捨てないものなのです。復活を最初に見たのがどの福音書を見ても女性なのも、同じ理由です。もちろん、後には男性の殉教者も多数出るのは事実ですが。それでも女性を取り込まなかったのは失敗でしたね。

 東方生まれのこの宗教は、インドを経由して日本では弥勒菩薩として知られる神です。弥勒菩薩はゴータマ・シッダルタの次に悟りを開く(悟りを開いた人を意味するブッダになる)予定のお方です。もっとも、その降臨は56億7000万年後のことですから、残念なことに人類は滅んで地球も存在しないことでしょう。

 ミトラ教はワインとパンによる儀式を大切にしました。ただ、キリスト教が大切にしているこの2つはまたユダヤ教でも重要なものですから、一概にミトラ教起源とは言えず、中東からヨーロッパ、北アフリカにかけて広く共有されてきたことかもしれません。イエス生誕より先に成立したこの宗教で、ミトラは処女懐胎で生まれたことです。ミトラ教は中東全域で知られていましたから、あるいはマリアの処女懐胎という神話はミトラ教をモチーフにした可能性も考えられるでしょう。

 更に面白いのは、ミトラ教の信者を取り込むために、イエスの誕生日が決定されたことでしょう。初期のキリスト教では、ユダヤ教の神話に基づき、神が1/1に世界を作ったと仮定すると1/6が人類誕生に当たるので、イエスの誕生日もここに合わせていました。その影響で、今でも東方教会はイエスの誕生日を1/6としています。1/365程度の可能性で正しいと思います。

 ところが、イエスの誕生日が1/6では、ミトラ神の誕生日に合いません。ミトラ神は毎年冬至に死に、復活するという教えでした。また、ローマでは12/17~24まで豊穣神サトゥルヌスに翌年の豊作を祈るためお祭りがあり、そこではどんちゃん騒ぎとプレゼントを交換する風習がありました。


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