キリスト教の成立 死と復活11 イエスの墓は青森の戸来村にある?頭が痛くなる妄説は笑い飛ばそう!

 偉人に来訪して欲しい人は世界中に居ますから、日本でもキリストは日本で死んでその墓は青森の戸来(へらい)村にあるという珍説があります。その説によれば、十字架刑で死んだのはイエスの弟のイスキリ(そんな弟の記録はありませんが)で、イエスは逃れて日本にやってきたというのです。渡日したイエスは八戸太郎天空と名乗ってミユという女性と結婚し、118歳まで生きたとかなんとか。この確実にどうかしている説には、竹内巨麿(彼の名は既に神武以前に72人の天皇をでっち上げた奇人として紹介していますね)という、どうかした人の中でも有名な人が絡んでいます。その時点で真贋を云々する話ではないことは分かりますね。これ以上触れるのも莫迦莫迦しいので、知りたい方は『新・トンデモ超常現象56の真相 (Skeptic library (06)) - 』で読んでみて下さい。イエスがカタカナで書いた遺書(なんで?)なんかが読めて頭痛がしてきますけど(笑)

 日本人はユダヤ人の失われた10支族の1つであるとする日ユ同祖論は、一部では人気があります。『トンデモ本の逆襲 - 』で紹介されている『日本エホバ古典』では、民謡の掛け声がヘブライ語で解釈できるというトンデモない内容です。

 エンヤラヤーは「我こそはエホバ神を信仰したてまつる」を意味するエハニ・アハレルヤーだとか、サノヨイヨイが「サノ(狭野之尊、神武天皇の幼名)はエホバのみ栄を表せり」を意味するサーノ・ヨフォイ・ヤーウェの訛ったものだとか、本気かどうかよりも正気かどうかを問い質したくなります。困ったことに、彼らは真面目も真面目、大真面目なのですけどね。

 どう考えても原典に当たるだけ時間の無駄なので、この手の本に時間をかけるのは止めて批判本だけで満足することにします。

 ただ、イエスが十字架につけられて死んだのではない、というストーリーは、イエスの死からそれほど時間が経っていない2世紀後半には現れていました。アレクサンドリアのバシレイデスは120~130年頃の著作で、十字架刑はまやかしで、クレネ人のシモンが身代わりになったとしています。ナグ・ハマディ写本の「大いなるセトの第二の論考」も同様に十字架で死んだのはシモンという別の人物で、イエスは自分が死んだと勘違いしている人々を笑った(シモンについては嘆いてあげてくださいよ)とあります。仮にイエスが死んでいなかったのなら、消えたのはシモンの遺体でしょうし、復活には何ら不思議なことはないことになります。

新・トンデモ超常現象56の真相 (Skeptic library (06)) -
新・トンデモ超常現象56の真相 (Skeptic library (06)) -

トンデモ本の逆襲 -
トンデモ本の逆襲 -


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